自分は、28年齢でウェディングしました。今日、34年齢になり、2歳になる幼子と四六時中奮戦、否格闘していました。前月、母親が膵臓癌を宣告されました。母親は、父親に「何にもしなくて良いの。こういうまんまの容姿で、家で自分を送って。我儘を言わせてね」という提言し、母親はお家で看取ることになりました。ご飯もまるで摂れず、オムツ差し替えをしなければなりません。男性の父親ではリミットがあり、自分は幼子と共にお母さんの日々の手伝いをしています。スミマセンけれど何故入院してくれなかったのか?と言いたく罹る日もありました。いくらでも痩せて行く母親の容姿に怖ささえあります。実家まで自家用車で30食い分かかります。自分は一家という子育てをしながら、母親のところへ自家用車を走らせる毎日を送っていました。男子は、自分が4年生のとき、小学生の時の大学生会長でした。小生意気にも私の初恋だ。単に一際、密かに願い続けていました。誰にも内緒で心の中に一際、仕舞い込んでいたんです。バレンタインのチョコも渡したことがなかったんです。それでも、運勢は不思議なもので、花火フェスティバルの日、近くのコンビニエンスストアの傍を通り掛った場合、ふと、目線が合い「精神か?」と声をかけられて、出向く日取りもなかった花火フェスティバルへ一緒に行ったのがきっかけです。おおかた、この時の私の”目線が好きです”といった気合い目当てを出していたから、男子は私の心地に気づいてくれたのではないかと思います。周りから「一人暮らしが一番なのに自由を投げ捨てるのね」なんて言われたりもして、周り曰く、自由から不具合な四六時中を選ぶことを戸惑いもしました。けど、ウェディングを選んでよかったと思います。母親の介護で、男子にも一家を手伝ってもらう日もあり、自分は男子に「すみません」って謝りました。男子は「安心。大切なお前を生んでくれた自分に自分も感謝しているから」男子のワードに感動しました。自分は母親の介護を通じて出向く地点の「やりがい」すら察するようになりました。そうして、子どもの男子から、私もそう言われるようにきめ細かい毎日を過ごしていきたい。